豆が、はじめて声をあげる。― 焙煎の「ハゼ」という合図の話

豆が、はじめて声をあげる。― 焙煎の「ハゼ」という合図の話

焙煎の途中、静かだった豆がふいに音を立てて弾ける。「ハゼ」と呼ばれるこの一瞬に、コーヒーの味の大半が決まっていく。

焙煎は、ある音とともに本番を迎える

焙煎を始めてしばらく、機械の中は静かだ。豆は水分を抜きながら、生のときの緑がかった色から黄色へ、そして淡い茶色へと、音もなく姿を変えていく。

ところがある瞬間、その静けさが破られる。パチン。パチン。やがてパチ、パチ、パチ、と弾ける音が連なりはじめる。ポップコーンがはじけるあの音に近い。

この音を、焙煎の世界では「ハゼ」と呼ぶ。漢字を当てれば「爆ぜる」。豆が内側から弾ける、その現象そのものを指した言葉だ。

前回の記事で、焙煎の指標として DTR(Development Time Ratio)という比率に触れた。「1ハゼが始まってから焙煎を終えるまでの時間が、全体の何パーセントを占めるか」という、あの数字だ。今回は、その起点となる「ハゼ」そのものを掘り下げてみたい。ロースターにとって、これがもっとも頼りになる合図であり、焙煎という営みの中心にあるものだからだ。


豆の内側で起きていること

ハゼの正体は、焙煎中の豆の内部を覗いてみると見えてくる。

加熱されていく豆の中では、メイラード反応をはじめとするさまざまな化学反応が進行している。それと同時に、二つの気体が生まれる。ひとつは、豆に残っていた水分が熱で変わった水蒸気。もうひとつは、化学反応の副産物として生じる二酸化炭素だ。

豆の細胞は加熱されてガラスのように硬くなり、内側からの圧力で少しずつ膨らんでいく。だが、生まれ続ける水蒸気とガスは、どこかへ逃げ場を求める。やがて内部の圧力が細胞壁の強度を超えた瞬間、豆は耐えきれずに弾ける。

これが「1ハゼ」だ。パチンという音は、豆の細胞が破裂する音そのものということになる。

このとき豆は目に見えて膨らみ、シワが伸び、色は一段と深くなる。チャフ(薄皮)が舞い、香りも一気に華やぐ。焙煎において、もっとも変化の大きい瞬間だ。

そして重要なのは、この1ハゼの前後で、コーヒーのフレーバーと酸がもっとも豊かに発達していくということ。ロースターがこの音を「ここからが本番」という合図として聴いているのは、そのためだ。

そして、この1ハゼが来てから焙煎を終えるまでに、どれだけ時間を取るか ― つまり DTR をどう設計するかこそが、焙煎する人の腕の見せ所だ。1ハゼの直後で止めれば軽やかに、そこから時間を伸ばしていけば、甘みやコクが深く育っていく。同じ1ハゼを起点にしても、ここからの数十秒の取り方ひとつで、カップの印象はがらりと変わる。焙煎のいちばんの勝負どころは、この音が鳴ってからの時間にある。


1ハゼと2ハゼ ― 二度訪れる、別々の音

ハゼは、焙煎のなかで二度訪れる。

1ハゼがひとしきり鳴り終えると、焙煎機の中はいったん静かになる。だが、化学反応も膨張も止まったわけではなく、豆の内部では変化が続いている。そのまま煎り進めると、深煎りの領域で二度目の音が立ちのぼる。

今度の音は、1ハゼとは違う。1ハゼが「パチン、パチン」と一粒ずつ大きく弾ける音だとすれば、2ハゼは「パチ、パチ、パチ」と、より小さく、速く、立て続けに鳴る。豆が砕けていくような、こまやかな音だ。これが「2ハゼ」だ。

2ハゼの少し手前から、焙煎機の煙の色が変わり、燃焼ガスの発生が一気に増える。豆の内部では、より深いところの構造が壊れ、閉じ込められたガスが逃げ場を失って、ふたたび小さな破裂をくり返している。豆の表面には、内側から押し出された油分がにじみ、てらりと光りはじめる。深煎りの豆が黒くつやめいているのは、この段階まで煎ったしるしだ。

1ハゼが「水蒸気が主役の、大きく開く音」だとすれば、2ハゼは「ガスと油が主役の、こまやかに砕ける音」だと言える。パチンという単発の破裂から、パッパッと速く連なる音へ。同じ「ハゼ」という言葉でも、その音色も、内側で起きていることも、まるで違う。


ハゼは、焙煎度の地図になる

ロースターがハゼに耳を傾けるのは、それが焙煎度を読み解くための、もっとも確かな道しるべになるからだ。温度計の数字だけでは見えてこないものが、この音には宿っている。

「浅煎り」「深煎り」という焙煎度の区分も、突き詰めればこの二つのハゼを目印に決まっている。おおよその対応を並べてみる。

  • 1ハゼが始まったあたりで止める ― 浅煎り。酸が明るく、フローラルや果実の個性が前に出る領域。
  • 1ハゼが終わるころで止める ― ミディアム。酸と甘さのバランスがとれ、多くの人が飲みやすいと感じる定番の焙煎度。
  • 2ハゼが始まるころで止める ― フルシティ。酸が落ち着き、苦味とコク、チョコレートのような重心が現れてくる。
  • 2ハゼが終わるころで止める ― フレンチ。深く、力強く、ビターな領域。
  • 2ハゼを越えてなお続ける ― イタリアン。もっとも深い焙煎度。

興味深いのは、二つのハゼのあいだで、コーヒーの味わいが「酸味の世界」から「苦味の世界」へとゆっくり軸足を移していくことだ。同じ豆でも、どのハゼの、どの瞬間で火を止めるか。その判断ひとつで、カップの中身は別物になる。普段飲んでいる一杯の味も、煎り手がどのハゼで火を止めたかの結果なのだと考えると、見え方が少し変わってくる。


ハゼは、いつも同じ顔では来ない

厄介なことに、このハゼという合図、毎回きっちり同じ温度・同じ強さでやってくるとは限らない。豆の個性によって、訪れ方が変わるからだ。

水分の多いナチュラル精製の豆やマンデリンなどは、外皮が柔らかく膨張の力を逃がしてしまうため、1ハゼがやや遅れて、高めの温度でやってくることがある。パカマラのような大粒の品種は、弾けるために大きなエネルギーを必要とするので、これも1ハゼが遅れがちだ。投入量や火力、焙煎機そのものの設計によっても、ハゼの温度は揺れ動く。

だから熟練したロースターほど、温度計の数字を鵜呑みにせず、耳と目と、立ちのぼる香りで豆の状態を総合的に読もうとする。「○○度になったから1ハゼ」ではなく、「いま、この豆がこう鳴いている」を聴き取る。ここに焙煎の難しさと、底知れない奥行きがある。豆は毎回少しずつ違う顔でやってくるため、同じレシピをなぞるだけでは、同じ一杯にはたどり着けない。


「音」を「数値」に変える ― 予測と、実際のあいだ

耳で捉えた「いま、ハゼが来た」という一瞬を、どうやって次の焙煎へ正確に受け渡すか。これは焙煎を突き詰めるうえで、長年の課題だった。音はその場で消えてしまう。「いい感じだった」という記憶は、驚くほどあてにならない。

Kaffelogic が面白いのは、まさにこの1ハゼを起点にした「変化の作り込み」を楽しめるところだ。1ハゼが起きてから、DTR を何パーセントまで引き上げるか ― そのわずかな違いが、味の変化として表れる。同じ豆でも、DTR を少し伸ばすだけで甘みやコクの出方が変わる。その差を自分の手で確かめていくのが、家庭焙煎ならではの醍醐味だ。

そしてここで効いてくるのが、Nano 7 がホームロースティングのサイズだということ。豆の量が手頃だからこそ、ハゼの音 ― あのパチンという破裂音 ― が、はっきりと耳に届く。だから自分の耳でいつハゼが起きたかを観察し、その瞬間を記録できる。Nano 7 は温度を精密に制御しながら焙煎の一部始終をプロファイルとして残すので、豆温度がどう推移し、どこで1ハゼを迎え、そこから何秒で煎り止めたのか ― DTR を含むすべての軌跡が、データとして手元に残る。

記録の画面には、デフォルトのプロファイルが想定する「色変化」と「1ハゼ」のタイミングが、縦の黄色い予測線として表示される。「だいたいこのあたりでハゼが起きるだろう」という目安が、あらかじめ見えるわけだ。だが、すでに見てきたとおり、実際のハゼのタイミングは豆によって変わる。だからこそ大事なのが、自分の耳と目で観察した実際のハゼを記録し、予測線とのズレを確かめること。

たとえば実際に焼いてみると、観察して記録した1ハゼが、予測線より少し手前 ― つまり早いタイミングで起きていることがある。この差分が見えること自体が、焙煎する人にとっての手がかりになる。予測はあくまで目安、最後に頼るのは焼いている本人の感覚だ。その「予測と実際のあいだ」を読み取り、次の一回に活かしていく。Nano 7 は、職人の経験と勘のなかにあったこの作業を、誰の手にも届くデータとして扱えるようにしてくれる。

そのうえ Nano 7 は50gから本格的な焙煎ができるため、貴重な生豆を大きく無駄にすることなく、「ハゼのこの瞬間で止めたら、どんな味になるか」「DTR をもう少し伸ばしたらどうなるか」という小さな実験を何度でもくり返せる。耳で聴く焙煎と、データで磨く焙煎。その両方を一台のなかで行き来できる。


耳を澄ますという、焙煎の入り口

コーヒーを淹れるだけだったころには、聴こえなかった音がある。焙煎を始めると、その音が加わる。静けさのなかに響く最初のパチン。連なっていく弾ける音。一度しずまり、やがて細かく砕けはじめる二度目の音。そのひとつひとつが、豆の状態を伝える信号だ。

ハゼを聴き分けられるようになると、焙煎は「時間と温度を管理する作業」から、「豆の状態を読み取る対話」へと変わっていく。今日の豆はいつもより早く鳴きはじめた、今日はよく弾ける ― そうした一回ごとの違いが、焙煎の手応えそのものになる。

今日飲んだ一杯にも、どこかで誰かが聴いたハゼがあった。その音を境に、酸味が、苦味が、香りが形づくられていった。もし自分で焙煎してみるなら、最初に意識してほしいのは温度の数字よりも、この音かもしれない。最初のパチンを待つところから、焙煎は始まる。

今日もどうか、よい一杯を。


ハゼの発生温度・タイミングは豆の種類、水分量、焙煎機の設計、投入量などによって変動します。本記事の温度感や焙煎度の対応はあくまで一般的な目安としてお読みください。

 

Tomoki Sakurai

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